たとえ全てが虚像でも。
08 序曲の鐘
予鈴のチャイムが鳴り、次の授業が移動教室ということで教室からは一斉に生徒たちが吐き出された。
そして、それにせかされるように雲も次々と空を流れていく。
そんな中、も一人用意をしていた。
しかし、ふと感じた視線に目線をあげる。
その先には黒板の前に立っているフレイがいる。
―――・・・
そうフレイの口が動いた気がした。
しかし,他の女子たちが現れたことによりフレイはに背を向けてしまう。
そのまま振り返りもせずに教室を出て行くその背中が、前より小さく見えた気がした。
「・・・はぁ・・・」
最近習慣となりつつある溜息。
それを合図に、はもう殆ど人のいなくなった教室を出た。
アスランは、用事があるらしく先に行っていた。
「マジでやるの?」
「いいじゃん。身をもって思い知ってもらわなきゃ。」
アハハッ。
と小さく押し殺した笑いがの後ろで響いた。
教室を出てから、後をつけているのかなんだか知らないがずっとこれだ。
「バレバレだし・・・」
次の教室まで行く階段に差し掛かる。
少し幅は広くなっていて、人通りは少ない薄暗い場所だった。
踊り場から、職員室帰りだろうか。一人で歩くアスランの姿が見えた。
後ろに付けてる奴ら以外に人がないことを確認すると、は名前を呼ぼうとして一歩前へ踏み出す。
その瞬間だった。
手すりとの間に無理やり後ろから人が入ってくる。もちろんフレイ達だ。
の体がグラついたのを良いことに、肘でをさらに押す。
目の前に、冷たいコンクリートに床が見えた。
体中の血が凍りつき、周りの温度が急に下がった気がした。
―――アスラン!!
の口は考えるまもなくそう叫んだ。
否、叫ぼうとしていた。
確実に床が近くなっていく中でが捕らえたのは、後ろからアスランにかけより話しかけるフレイと、階段の下で笑っている取り巻きたち。
世界が、色あせて見えた。
宙に放り出されたの体は受身の態勢もとあらにまま、階段に打ち付けられた。
鈍い音と、ノートがパサパサと音をたてて落ちていく。
そして、なすすべもないまま下まで転げ落ちた。
背中に酷く鈍い痛みを感じ、天井が見える。
しだいに暗くなる視界の端に、並んで歩くフレイとアスランの姿が見えた。
体中が、心が、全てが痛かった。
したずらに成功した子供のように笑う笑い声と、遠ざかっていく アスランの後姿の中で、は意識を手放した。
「お母さん?お父さん?」
6,7歳近くの小さな少女が、暗い部屋で小さな声で恐る恐る言葉を紡ぎだす。
世界を、現実を知らない純粋で、汚れを知らない子供。
「・・・何よ?」
お母さんと呼ばれた女は、ゴミでも見るような目つきで子供を睨む。
愛情も、慈しみも何も篭っていない、憎しみの目。
「お父さんは?」
それでも少女は、健気にも必死で思いを伝える。
「・・・またそれ?いい加減にしてよ!!」
そう怒鳴った女は、机に置いてあったものを手当たりしだい少女に投げつけた。
少女は逃げる事を知らない。
「ねぇ、お父さんは?」
「・・ッ、煩いのよ!!子供の癖に!!出て行ってよ、あんたなんかこの家から出て行って!!」
女は、少女を無理やり扉から放り投げる。
外は酷い土砂降りの嵐。
「・・・おかぁさん・・・」
「気持ち悪いわね。 あんたなんて生まれてこなきゃよかったのに!!」
世界を知らない少女は、逃げる事を知らない。
少女の心は、現実から逃げるため、全てを遮断した。
それが、純粋な少女へ課せられた生き延びるための銃だった。
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060331