迷いと決断
10 全て忘れられたら
「・・・・」
低く暖房の微かな音と、窓ガラス越しに聞こえる校庭からの音はシーンとした保健室では大きく感じた。
淡い水色のカーテンで仕切られた狭いこの空間にはアスランとの二人っきりだった。
「ゴメンな、気づかなくて・・・」
スヤスヤと、安心した寝顔でベットに横たわっているの髪をそっとアスランは撫でる。
体中のいたるところに巻かれた包帯や、ガーゼがとても痛々しかった。
最近が、こういう妬みの対象にされていたのには薄々感じていた。
けれどそんな話題になると、は笑って、アスランの考えを否定した。
有無を言わせない言い方で。
こんなの言い訳にしかならないことは自分でもわかっている。
しかし、をここまで追い詰めた原因を、アスランは感じないわけにはいかなかった。
「・・・・、・・・」
「・・・誰?」
気がつけば、誰かが自分の事を呼んでいた。
周りを見渡せばなにもない真っ白い空間。
無重力というべきなのか、なにも感じない真っ白な空間。
「こっちだよ、。」
ハッ、と声のしたほうを振り向けばそこに、この空間に浮かんでいる自分自身がいた。
幼い、まだ、世界を知らない無垢な子供の自分が。
「いったい・・・・」
「驚いた?? せっかく会いに来てあげたんだから、少しは喜んでよ。」
本当に心から純粋に笑う幼い自分。
「あなた、彼の事好きなんでしょ?」
「はぁ!? そんなの・・・」
「嘘をついたって無駄だよ。 あたしは、貴方自身なんだから。」
急に真顔に戻った自分は、に告げた。
「もういいんじゃない?? 過去なんて忘れなよ。」
「忘れられるもんなら、とっくに忘れてる!!」
幼い自分に対して怒鳴ってしまったからか、思わず本心を言ってしまったせいか、は気まずそうに俯いた。
そんなを見て、幼い自分はフフッと笑っている。
「そうだよね、忘れるなんて出来ないよね。でもね、彼なら受け止めてくれるんじゃない?」
「それは・・・」
「彼とこれからどうするかは貴方の問題。あたしとしてはもう一度やり直して欲しいかな。」
「やりなおすって・・・?」
「全てをだよ。ゼロから、自分をやりなおすの。彼とならきっとできる。」
それがその証拠だよ。
そう言って幼い自分が指差したのは何の変わりも無いの右手だった。
「彼は、絶対にその手を離さない。」
そう言うと、幼い自分は姿を消した。
一瞬のうちに、泡となり消えていった。
「右手・・・?」
そっと、は先程言われた右手を見つめた。
どこから見ても、変わりない普通の右手。
「・・・・」
フッ、と名前を呼ばれた気がした。
「アスラン・・?」
何故、アスランの名を呼んだのか自分でもわからなかった。
しかし、アスランの名を呼んだとたん右手がほんのりと暖かくなる。
の右手が確かに人に握られていると感じたとき、の意識はそこで途絶えた。
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060418