刀と刀がぶつかり合う、研ぎ澄まされた音が夜が明けたばかりの森に響く。

微かな荒い息遣いと、足が枯葉を踏みつける僅かな音。

静寂を崩さないまま、しかし確かに泰衡は突然現れた2人の男に追い込まれていた。


「・・・泰衡さんッ!」

「・・・ッ・・・!!」


離れないように手を繋がれ、守られるように泰衡の後ろに立っているが悲痛な声をあげる。

相手は戦い慣れた男2人。

片やこちらは、戦えないを抱えた泰衡1人。

あまりにも分が悪すぎる。


「先に行け。」


未だに攻撃を止めようとしない2人組みと間合いをとるように泰衡は後退しながら、小さくの耳元でそう告げた。


「・・・えっ・・・」


瞬時にその言葉の意味を理解するのはには無理だった。

彼等の目的は泰衡ではない。

先程"殺す"と高らかに宣言されたのは自信なのに。


「・・・そんなことッ!!」

「この先の古寺がある。街へ戻るよりも近い。行くんだ!」

「でもッ!」

「手間のかかる奴だ・・・!」


突然、ドンッという衝撃と共に繋がれていた手からの温もりが急速に無くなっていく。

泰衡に逃げ道の方へと突き飛ばされたと理解したのはその数秒後で、その時既に泰衡は刀を構えてまっすぐ敵へと走っていくところだった。



数秒間の攻防戦が続いた後、嫌な音を立てて、黒い布切れが宙を舞った。

まるでそれは、時間が止まったかのようだった。

弾き返された刀が、美しい弧を描いて地面に落ちていく。

そして小さなうめき声をあげて、泰衡が一歩、敵から身を引いた。

反射的におさえた右肩からは、血がとめどなく溢れ出る。

そしてそのすぐ先に、まっすぐ地面に倒れていく片方の男。



「・・・ッ、泰衡ぁ!!」


「お前は、まだ・・・!」



何がどうなっているのか、全くわからなかった。

肩から溢れる血、無表情にそれを見下ろす2人の男、自分に向けられた切っ先。


恐怖、怒り、哀しみ、焦り・・・


まるで体中にある全ての感情が一気に引き出されたようで、行き場所もなく暴れまわっているような。

気が付けば、出血のせいで立っていられなくなった泰衡と2人の男の前に自分は立っていた。

武器も、何も無い。

生身一つで、立っていた。


「何をしている!死ぬ気か、この馬鹿ッ!」




これだけ焦っている泰衡なんて始めてみたな、と頭の中で僅かに残った冷静な部分が考えている。

でも、そんなの感情はどこかにいってしまったみたいだった。

全てが、モノクロに見える。

頭が、身体が、全て知らないものに支配されているように感じる・・・





「どうして・・・、どうして人に刀なんて向けられるのッ・・・!?」
「・・・・」

「黙ってないで、何か言いなさいよ!!」

「・・・その質問に答える意味は無い。」

「・・・ッ!!」



男が答えたのと、泰衡の声が聞こえたのはほぼ同時だった。

反射的に俯いていた顔を上げる。



「・・・ッ・・・!!」

「逃げろ!!」


途端、視界に飛び込んできたのは鋭利に尖った切っ先をまっすぐに向けた一つの短刀だった。

その先を見れば、先程まで倒れていたはずの男がこちらを向いて薄く笑っている。

それまで色の無かった世界に、急に色が戻ってきたみたいだった。

風が木々を揺する音が聞こえる。

男の勝利を確信したような笑いが聞こえる。

泰衡が必死に"逃げろ"と言う声がする・・・

そして、それまでどこかに行ってしまったような感情が1つだけ体を侵食していくのをは感じた。




・・・死にたく、ない・・・




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」



無駄な足掻きだとわかっていては叫んだ。

ドクドクと尋常じゃない速さで心臓が脈打つ。

熱い、とても熱い何かが体中の血管を這いずり回っているような不快な感覚。

そして、は身体の奥で何かがはじける音を聞いた。


「やめろ、止めるんだッ!!」


わからない。身体から何かが溢れ出ているのは感じるが、熱いのは収まることを知らない。

そして自分が、周りがどうなっているのかさえわからない・・・。


「怖いよ、どうすればいいのッ!?」

「落ち着け、落ち着くんだ!!」

「嫌だ、わからないよ! イヤァッ!!」


パニックになっているに泰衡は近づこうとするが、を中心にして気が溢れているのだろうか。

その余りにも強すぎる気のせいでまともに近づくことができない。

それに、から放出されている気は、通常の人が持つ陽ではない。

人は陰陽の気をどちらも持つが、その殆どは陽の気だ。

これほどまでの陰の気を出し続けたら、自信の身が危うい・・・。



「・・・ッ!!」


一歩、また一歩とを取り囲む陰の気の中へと泰衡は足を踏み入れる。

凄まじい圧迫感のせいでまともに息も出来ない。

それでも何とか、にたどり着いた泰衡は、脅えたように泣きながら座り込むをそっと抱きしめた。


「もういいんだ、もう、大丈夫だ・・・」

「・・・やす、ひら・・・」


その途端、今まではとてつもない気を放っていた風がだんだんと弱まっていくのを感じた。

そして辺りか完全に静まり返ったとき、は眠るようにして意識を失った。





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070910
泰衡ってこんなに熱い男だっけ!?