「・・・そうか。他にはあるか?」

「いえ・・・。ただまるで何かが爆発したかのように地面が大きく抉れていました。周りの木々にも相当の被害が出ています。」

「刺客の方は?」

「それが・・・。1人は既に死んでおり、後は誰も・・。1人分の血痕が森の奥へと続いており、今数人が追っていますが。」

「当りとは限らぬ、か。」




声が、聞こえてくる。

この声は・・・泰衡さん・・・?

それじゃあこれは夢じゃない?




「いいか、このことは内密にしろ。死んだ者がいるなどと決してには言うな。」

「・・わ、わかりました。」

「もうよい。下がれ。」





重い瞼は思ったよりも簡単に開いた。

どうやらここは泰衡の邸で自分が与えられた部屋のようだった。

不気味なほど赤く染まった夕日が、障子の向こうの泰衡と部下である1人の武士のシルエットを映し出している。

ゆっくりと障子が開かれて、細い光の線を床に作り出した。

疲れたような顔をした泰衡が、いつものとは違う簡単な紺色の着物を纏って部屋へと入ってくる。



「・・・いつから起きていた・・?」

「・・・つい、さっき・・・」



まるで喉に何かが張り付いているように、かすかな空気のような声しか出てこない。

起き上がろうとしたら、まるで身体の動かし方を忘れてしまったかのように力が入らなかった。



「気を、出しすぎたんだ。無理をするな。」

「・・・気を・・・」



それ以上の言葉を遮るように、泰衡の体温の低い手がの額にそっと触れた。

ひんやりとした手は熱い身体にはとても心地よい。

熱がある、そう小さく呟いた泰衡の手はそこで離れていくのだと思っていた。

それが、熱を測るという役目を果たしたはずの手はいつまでたってもの額から離れようとしない。

どうしたのだろうと思って視線を天井から泰衡に移したの目にはいったのは白い包帯だった。



「その怪我ッ・・・!!」

「大したものではない。」



目を見開いて布団から飛び起きようとするを、額に当てたままの手で泰衡は制した。

物音一つしない部屋に長い沈黙が流れる。

紅の夕日がこの部屋には酷く不釣合いだった。



「兎に角、今日はもう寝ることだ。俺にはまだ用事がある。」

「・・・泰衡さん・・・」



そう有無を言わせない口調で言い切った泰衡の腕を、の手が掴んだ。

立ち上がり部屋から出て行こうとした中途半端な格好でに背を向けた泰衡の動きが止まる。

掴んでいるとは到底言えない、いとも簡単に振りほどけそうな弱々しい力で掴まれた着物の裾を泰衡は振りほどくことはなかった。

腕を掴むの手が、震えているのが伝わってきた。




「・・・私、殺したんですよね・・・」


「・・・・聞こえていたのか。」


「人を・・私が人を、殺したんですよね・・!?」




ゆっくりと、泰衡は振り返った。

は泣いているわけではなかった。

ただその瞳には受け止めきれない絶望と、それを否定する懇願が溢れていた。



「答えてよ・・・やすひらさん・・・」


「・・・貴方にはどうやら隠し事は無理のようだ・・・」




本来ならばこうして話すことができるだけの体力さえないのに、無理矢理起き上がった身体は限界だった。

腕を引き寄せた。

起き上がるのでさえ精一杯だったの身体は容易く泰衡の腕の中へと収まった。

咄嗟に身を引こうとする身体を強引に抱きしめる。

それはの問への肯定の返事でもあり、泰衡の気持ちでもあった。





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071203