蒼い空に無数の雲が浮かぶ。

冷たい雪の下に芽吹いた命は今にもその姿を現しそうだった。


「なんか、もうすっかり春って感じですね。」

「・・・そうだな」


僅かにひらいた扉の隙間から、暖かい日差しが入り込む。

書状を整理していた手を止め、外の景色に視線を向けながらは独り言のようにつぶやいた。

少し間を置いてから聞こえた泰衡の返事は、明らかに適当なもので。

きっと、お互いに背を向けたまま振り返ることもなかったのだろう。


「はい、これ。全部鎌倉からのです。」

「ああ。」

「最近、何かあったんですか?鎌倉からの手紙が増えてるし・・・」


泰衡はあまり・・というか、本当に必要以外の事を口にしない。

それは、こうして彼の傍で働き出して2,3ヶ月たったい最近、気が付いた事だった。

彼の顔はいつも仏頂面で、眉間には皺がよっていて、口も悪いけど。

彼は彼なりにのことを気遣っていたみたいだった、最初の頃は。


「九郎義経が木曽義仲を討った。平家も再び動き出したらしい。それに・・・」

「・・・それに?」


はぁ、と溜めていた息を吐いた泰衡は、机の隣に並べてあった中から一冊の本を取り出した。

日に当たって黄色になった紙がすっかり定着してしまったかのような古い書物。

内容を知ろうと机の上に乗せた書状を覗き込もうとしたに、泰衡はその本を押し付けた。


「・・・龍神・・の、・・神・・子・・?」

「ああ。その"神子"が京に・・源氏側に現れたらしい。」

「えっ・・、だってこの本・・ただの御伽噺じゃないの!?」


パラパラと泰衡に渡された本をめくってみる。

現代の美学センスでは理解しにくい挿絵と、文字の羅列。

そこに書いてあったのは、今から丁度100年前、200年前の京を救ったといわれる2人の神子の話。

五行の力を揃え、正し、貧困と絶望に苦しむ民を救った伝説の神子。


「神子は・・・、異世界から招かれ、八葉を従え、怨霊を浄化するという。」

「異世界から・・招かれる・・・?」


ハッ、とは弾かれたように顔を上げた。

真っ直ぐな射抜くような目をした、泰衡と視線がぶつかる。

時折吹き抜ける風が、泰衡の長い黒髪を揺らした。


「木曽義仲は、確かに義経に討たれた。」

「・・・・あっ・・・」

「いつかお前は言ったな。木曽義仲は征夷大将軍になり、義経に討たれる、と。」

「・・・はい・・確かに・・・」

「これで、お前が異世界から来た、というのは真実になった。」



"異世界から来た神子"



もしかしたら、自分がこの世界に来た意味もわかるかもしれない。

そう期待する気持ちとは裏腹に、どこか不安な気持ちも競りあがってくる。

胸に痞えるのは得体のしれない"大黒天"の3文字。


「何れにせよ、俺も奥州もまだ動くわけにはいかぬ。」

「でも、神子に会えばもしかしたらッ・・・」

「勘違いするな。大黒天についてもお前についてもは何もわかっていないのだ。」

「・・・泰衡さん・・・」

「だから、お前はここにいるしかない。わかったな。」


それはまるでここにいろ、と言われているみたいで。

ぶっきら棒な言葉の中から彼なりの気遣いが見えたような気がして、少しだけ気が楽になった気がした。




  *




「・・・おい。」


いくら季節は春らしくなったとはいえ、冬が明けたばかりではまだ日が落ちるのも早い。

薄暗い部屋の隅に明かりも灯さず蹲るようにして、はいた。

先程の書物を胸に抱きしめたまま、壁によりかかりながら眠っていた。


、起きろ。」


どうやらすっかり熟睡してしまっているは何度呼びかけても目覚める気配さえない。

そっと、その肩に触れた。

出逢った頃よりもいくらか伸びた髪がさらさらと泰衡の手にかかる。


「・・・やす、ひら・・・?」

「早く起きろ。邸に帰る。」

「あっ、待ってください!」


が起きたのを確認すると、泰衡はあっという間に立ち上がり黒い外套を翻して部屋から出て行こうとした。

遅れまい、とも急いで立ち上がる。

ただでさえ自邸に帰ることが殆ど無い、ましてやわざわざと共にその道のりを歩いたことさえない泰衡が。

はそっと、まだほんのりと暖かさを残す自らの肩に触れた。

そしてゆっくりと、こちらを振り向いて早くしろと言わんばかりに睨みを効かせている泰衡に小さく微笑む。



「今日の夕餉は何でしょうね?」

「・・・貴方は食べることしか頭にないのか・・・」


2つの影が夕日に揺れていた。





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070708
甘い・・・・・?
次から色々と動きます(予定)