優しい背中
廊下には、パタパタと急ぐ足音だけが木霊した。
冬が近づきつつある季節のせいか、空気はとても冷たくセーターの中で握り締めていう指先もいつまでたっても温まらなかった。
「もう誰もいないじゃん・・・」
上履きしか置いていない下駄箱を見て、は少し溜息をつく。
まぁしょうがないのかもしれない。
とっくに下校時間も過ぎて、暗くなった空には無数の星が輝いている時間なのだから。
「?」
「えっ、キラ?」
学校を出るとすぐ目の前にある信号。
車しか通らないそこで立っていたの背後から聞こえたのは、いかにも驚いたという聞きなれた声だった。
「どうしたの、こんな遅くまで?」
キラは自転車をの左側で止めると、が持っていたサブバックを取り上げ自転車のかごへと入れた。
「あたしのバック!!」
「入れさせてあげる。それよりちゃんと質問に答えて。」
自転車に乗ったキラは、それでもより背が高かった。
小さい頃は殆ど同じだったのに。
街灯に光に照らされたキラの顔は笑っていなくて、ちゃんと質問に答えなければ信号が青に変わっても開放してくれない事を意味していた。
「委員会だよ。今月分までも会計終わらせようとしたら時間かかちゃって。」
「1人で?」
「そうだけど・・・」
キラの表情がたちまちやっぱり・・・、というものに変わった。
「言ってくれれば手伝ったのに。」
「だって、教室にキラいなかったし。」
「ケータイ持ってるでしょ?」
確かに! そうはすごいものでも見つけたように笑った。
幼馴染でいつも隣にいた僕等がケータイで連絡を取り合うようになったのはいつ頃だろうか。
「でも、なんでキラはこんなに遅いの?」
「えっ!?」
キラはあせったように声をだした。
信号が青に変わる。
「あっ、。後ろ、乗る?」
「乗るけど・・・。質問にはちゃんと答える。」
慣れた手つきでは荷台に腰掛けながら、勝ち誇ったように笑った。
自転車が走り出すとの手はキラの背中を掴む。
鼻腔をくすぐる甘い匂いが、微かに広がる。
「居残りだよ。数学の課題やるの忘れてさ。」
「あの難しいプリントのやつ?」
「そうそう。すごい時間かかってさ・・・」
キラはそっとに気づかれないように、潜めていた息を吐き出した。
白くなった吐息はすぐに消えていく。
「寒くない、?」
「寒いけど、慣れた。」
どこか楽しそうには言う。
「ねぇ、キラに彼女が出来たらこの席ってその彼女さんのものになっちゃうんだよね?」
「なに、いきなり。」
「だって今日、学年1の美女に告白されていたでしょ?」
小さくキラの方が揺れた。
よりにもよって目撃者がなんて。
「あれは断ったよ。 だからその席ものもの。」
「そうだといいけど・・・」
会話が途切れ、流れた沈黙はとても心地のよいものだった。
数メートル先の信号が青に変わる。
「ずっと、この先もその席はのものだよ。」
「・・・何か言った?」
小さくつぶやいた言葉はすれ違った車によってさらわれていった。
不思議そうにが首をかしげる。
「なんにも。」
そうキラは言うと大きくペダルをこいだ。
前方の信号に間に合うように。
はもう一度キラの背中を掴みなおした。
冷たくなった手から伝わってくるキラの背中はほんのりと温かい。
「ずっと、あたしの席がいいのに。」
060609