気づいたら、すぐ近くにいた
下駄箱GOOD MORNING
朝、昨日の土砂降りの雨が嘘のように空は澄み切っていた。
それに比例していくかのように、空気は身を切り裂くように冷たい。
学校へと歩く足取りはいつもより僅かに速い。
それは寒さのためか、それともちょっとした希望なのか。
結局、自分自身にもわからなかった。
「森村くん!!」
普段より3,4分早く着いた下駄箱で俺を待ち受けていたのは昨日聞いた声と同じきだった。
高くも低くもない、心地よい落ち着いた声。
「じゃん・・・」
「おはよう。 それで、昨日の傘ありがとう。すっごく助かった。」
「そうか、それならよかった。」
ハイ、とが差し出した傘を俺はただ受け取った。
一瞬、冷たくなったお互いの指先が触れる。
「それでね、お礼とかしたいんだけど・・・」
「別にいいよ、俺が勝手に貸しただけだから。」
「でも、森村君、濡れちゃったでしょ!?」
どちらも引かないまま、無言の時間が流れる。
俺はまた気まずくなって視線を逸らした。
の視線も自分の上履きを見つめたまま動こうとしない。
「じゃあ・・・」
そう先に切り出したのはだった。
俺の瞳を見つめたその顔は、かすかに甘酸っぱく笑っている。
「森村くんのお願い、一日何でも聞くから!!だから、お願い決まったら言ってね!!」
「あっ、おい!!」
俺の制止を聞かず、は言いたいことを言い切ると走って教室へと行ってしまった。
以外と強引なやつなんだな、と思う。
それにしても俺のお願いって・・・・
それでも、ちっとも嫌な感じがしないのに気がついたのは後になってからだった。
しかしお願いと言われても、そんな唐突に浮かぶはずがなかった。
勉強を教えろ。
確かにあいつは頭は悪くないが、テストも何もない今それを頼むのはおかしい。
昼飯を奢れ。
流石に女子相手にそんなこといえるはずかない。
「一体、どうすればいいんだよっ!!!」
「なんだ天真、悩み事か??」
「ヒノエ・・・・」
思わず叫び声をあげた天真にすかさずつっこんだのは楽しそうに笑うヒノエだった。
どうも悪い予感がする。
が、ここで渋っていても拉致があかない。
俺は意を決して、ヒノエを見た。
「なぁ、女に願い事叶えてやるって言われたらお前どうする?」
「願い事ねぇ・・・・」
ヒノエは少し考えこむように目を伏せた。
こいつがいつもの笑みを浮かべないで考えるなんて珍しすぎる。
これはまともな案が返ってくるかもしれない、と少し期待してしまう。
「俺だったら、ラブホに連れ込・・・・・」
「あぁぁぁぁっ!!!!!」
こいつに聞いたのが間違いだった。
悪い予感は的中だ。
僅かに期待を抱いた自分が哀れだ・・・・
「ラブホはダメか・・・。それならキスとかは?」
「もういい!! もうやめてくれ、ヒノエ・・・・・」
思わず机に倒れこんだ俺の背中をヒノエは力いっぱい叩くと、そのまま笑いながら遠ざかっていった。
きっと自分で考えろ、と言う事なのだ。
シャイボーイ、とか聞こえたのは気のせいだろう。
「もうダメだ・・・・」
頭の中にはヒノエが残した”ラブホ”とか”キス”とか、刺激的な言葉が埋め尽くしていた。
俺はそいつらを追い出すために机に頭を打ち付けて、またもんもんとした悩みの渦へと引き込まれていった。
061119