青い青い夏の空。

今すぐにでも飛び立ちたくなるような雲ひとつない晴天。

手を伸ばせば今にも掴めそうだ。

しかしこの身体一つでは決して行くことはできない。

近くにありそうで遠い、もどかしい距離。



ユニオン軍本部の屋上から見えるMS専用の広大な演習場の様子はいつもと違っていた。

灰色のコンクリートの上は無数の椅子が置いてある。

その周囲を忙しそうに歩く人たちはいつものユニオンブルーの軍服ではなく、漆黒の喪服を纏っていた。


「こんなところにいたのかい、。」

「・・・カタギリさん・・・」

「もうすぐ時間だよ。」


しか居なかった屋上の扉を開けたのはカタギリだった。

いつもの白い白衣ではなく彼も黒い喪服を着ている。

今日は、ガンダムとの戦で命を落とした人たちへの追悼慰霊式典が行われる日だった。

あの"FALLEN ANGELS"作戦からすでに2ヶ月の時間が経っていた。


「・・・できるだけ空に近い場所にいたかったんです。」


空はあの人が唯一憧れ手にできなかったものだった。

それでも、もしかしたらと思う。ただの空想だとかおとぎ話だとか言われてもかまわない。

この空はどこまでも繋がっているから、この空の下のどこかにグラハムがいて自分と同じく空を見上げてるのかもしれないと。




、無理をしなくてもいいんだよ。式典は強制参加ではないのだから。」

「・・・大丈夫です。ただ・・・私にはグラハム大尉は生きているような気がして・・・」



例えば、空っぽになり綺麗に片付けられた席に。

整備し終わり発進を待つだけのフラッグの前に。

いつもいつもグラハムが立って笑っているような気がする。

何事もなかったかのように挨拶をして、ともに訓練をして、時には残業もする。

あたり前だった日常がまた戻ってくるような気がするのだ。


は自分の着ている黒い服を苦々しげに見つめた。

まるでその色の服を着ることで彼の死を認めてしまうようで、嫌だった。


「・・・カタギリさんは・・・エーカー大尉のこと・・・」

口にしてからしまった、と思った。

これではまるで期待しているみたいだ。カタギリがグラハムは生きている、と言うのを。

すいません、と小さくは言った。


「・・・・僕は何も言えないよ・・・。」

「えっ・・・」

カタギリの目に自身を蔑むような、疎ましく思うような一瞬だけ宿ったのをは見た。

ビリー・カタギリという人間はグラハム・エーカーのフラッグの技術顧問だった。

それと同時に、純粋に技術の発展を目的とし改良を続ける技術士でもあった。

グラハムのフラッグに擬似太陽炉を積んだのはカタギリだ。

パイロットの要望に答えるのが技術顧問であり、カタギリは当然のことをしただけだ。

しかしもしも、フラッグに太陽炉を積むという技術が無かったならば。そう考えるのはもう無駄なことだが、考えずにはいられない。

だが技術顧問という仕事を真っ当しただけのカタギリを攻める人は誰もいなかった。

逆にそれが彼の辛さを倍増してるのかもしれない。



「そろそろ行こうか。」

「・・・そうですね。」


パタン、と音を立てて扉が閉じた。












軍事基地には似合わない静けさを伴って追悼式は始まった。

マイクを通した声が次々と戦死者たちの名前を呼んでいく。

あちらこちらから小さくすすり泣く声が聞こえてきた。

黒い喪服を着てこの地上に取り残されてしまった自分たちは、なんて小さいものだろう。



どんなに手を伸ばしても届かない。

どんなに叫んでも声は届かない。

心が壊れそうなくらいに悔やんでも、願っても、あの瞬間は変えられない。帰って来ない。

この憤りをぶつけるべき相手、ソレスタルビーイングは消えてしまった。

行き場のない苦しい思いだけが身体を侵食していく。




「・・・オーバーフラッグス隊・・・」



ついにこのときが来た。ギュッと膝の上に置かれた拳を握り締める。



「・・・ハワード・メイスン中尉。」



二階級特進した彼らの名前が呼ばれていく。

決して泣かないと決めたのに、身体が熱くなっていった。



「ダリル・ダッチ上級大尉。」



視界が次第にぼやけて行った。




「グラハム・エーカー少佐。」




一滴、二滴と暖かい涙が頬を伝っていく。

まるで突然身体の機能が壊れしまったかのように次から次へと涙が溢れた。

グラハムの最後の言葉を聞いたときも。

彼の期待がLOST OUTしたと戻ってきた軍事宇宙ステーションでカタギリから聞かされたときも。

それからも今まで一度も泣いた事はなかった。


彼のいない世界がこんなにも色あせて見える。

いつもいつも失ってから気付く。こんなに大切な人が傍にいるということに。

好きだとか愛しいとか言う自らの感情に気付いて、もう伝えられないことに。

いつもあと一歩早ければ、と後悔する。


「死んでない」

「・・・


硬く握り締めたの手をそっと包んだのは隣に座るカタギリだった。

一滴、また一滴とそのカタギリの手にもの涙が落ちていく。そっと包み込んだその手もまた小さく震えていた。

口には出さなかった、否、出せなかったカタギリもまたと同じ思いなのかもしれなかった。
















。」

「あ、カタギリさん。」


それはもう夏も終わりに近づいたころだった。

残暑とも言える強い日差しが窓から差し込む部屋に入ってきたをカタギリは出迎えた。


「それじゃあ、やっぱり君にも来たんだね。」


ちょっと予想外でした、と小さく笑って手に持つ一つの指令書を見た。

そこに書かれているのはユニオンのシンボルマークではなく、先日発足したばかりの平和維持軍連邦のマーク。

全世界の軍を統一し、平和維持を目的とした軍はこの秋の終わり頃から始発することになっていた。


「謙遜しすぎだよ、。FALLEN ANGELS作戦で生き残ったフラッグパイロットの君を見過ごすわけはないさ。」

「そういうカタギリさんも、初めて擬似GNドライヴをフラッグに搭載させた技術士ですもんね。」


再び、部屋に静けさが戻った。

カタン、とカタギリが手に持っていたコーヒーカップを机に置く音がなる。

最初に口を開いたのはだった。


「・・・カタギリさんは、どうしますか・・・?」

何が、とは言わずとも明白だった。

平和維持軍への移籍の選択はあくまで個人の意志に委ねられる。

指令書は、行くか否かの選択を与えられたにすぎないものだ。おそらく、これを蹴るものは殆どいないと見通してのことだろうが。



「僕は行くつもりだよ。研究者として技術士としてね。」

「そう・・ですよね。」

「・・・は、もう決めた?」


はい、と曖昧に頷いて笑った。

その答えは見事にカタギリの予想を裏切ったものだった。


「私、ここに残ります。」

「・・・・理由を聞いてもいいかい?」

「私は、空が見えるところにいたいから・・・。」



正直、多くの仲間を失って、唯一の頼りだったカタギリと別れるのは辛かった。

けれど平和維持軍の本部は宇宙だ。

宇宙からは空を見ることはできないし飛ぶことも出来ない。これだけはどうしても譲れなかった。

それに、多くの思い出が詰まったこの場所を離れられるほど気持ちを割り切れていないのだ。


「君には驚かされてばかりいるよ、。それじゃあ一つ祝杯でもあげようか。」

「・・・コーヒーで、ですか?」

細かいことは気にしないで、とカタギリはコーヒーの入ったマグカップを掲げた。

つられても受け取ったカップを掲げる。


「いつかまた出会う未来に。」




080809
忘れていくのが怖い、忘れらて行くのが怖い。そう伝わっていればいいです。
カタギリは軍に属する技術士としての役目を果たした。
その結果、命を奪うことになってしまったと感じているんだと思います。
主人公が平和維持軍本部への転属を断った理由は空があるところにいたい、
また、この基地(イリノイ基地)にいればグラハムが帰って来るかもしれないって信じているからなんです。
主人公ははっきりとは自覚していませんが、グラハムのことが好きです。