かんたんなものを難しくするのは、簡単だ。
ただ単純に、かんたんなものを複雑に絡み合わせていけばいい。
しかしその反対に、難しいことをかんたんにするのはとても難しい。
複雑に絡み合った糸をほどいていく作業はとても時間と気力がいる。
グラハム・エーカーはいとも簡単にその"難しいこと"をやってのける人物だった。
では、世界最強のモビルスーツと歌われるガンダムとフラッグはどうすれば対等に戦える力をつけられるのだろうか。
対Gシステムを稼動させれば最大事で12Gもの圧力が圧し掛かる負担の大きいカスタムフラッグ。
それ以上の性能差の向上は一体何をどうすればいいのか。
グラハムにとって、その答えでさえ簡単なものだった。
「このフラッグに、擬似GNドライヴを乗せようと考えている。」
常人では思いつかないような考え、誰もが驚くような行動力。
彼がユニオンきってのエースパイロットと呼ばれている理由はそこにあるのかもしれなかった。
「少尉は予定通りポイントE56でエーカー大尉と合流後、ポイントB23へ向かってください。」
「了解です。」
宇宙をフラッグに乗って飛ぶのはとても久しぶりだった。
ユニオンの宇宙軍事ステーションから出ると、漆黒の闇が大半を支配する空間は今にも飲み込まれそうな雰囲気をだしている。
地上から見た星が輝く空とは大違いだ。
あの青い空が恋しくなった。
つい1時間ほど前に国連軍のガンダム掃討作戦「FALLEN ANGELS」の作戦が実行された。
もちろん、オーバーフラッグス隊も国連軍の一員としてこの作戦に参加している。
はフラッグとともに2日前に、ユニオンの宇宙軍事ステーションへと上がった。
当初はと同時に宇宙に上がるはずだったグラハムは、フラッグへの擬似GNドライヴの取り付け作業が終らないために地上から直接宇宙へ上がることになっている。
無理も無い。
前代未聞の作業なのだ。
グラハムからフラッグへのGNドライヴ搭載の話を聞いていたカタギリは、まるで彼がこのことを言い出すのを予測してたようだった。
ただ静かに笑って、「できる限りのことをするよ」と言っただけだった。
そして今日、ユニオンのありったけの技術力を駆使して造り上げた擬似GNドライヴ搭載フラッグは完成した。
ピーッ、と通信を知らせるアラームが鳴った。
「こちらグラハム・エーカーだ、。なんだか久しぶりな気がするな。」
「こちら・です。たった2日ですよ、大尉。」
「ここ最近、顔を会わせない日はなかったからな。どうやら予定合流ポイントよりも手前で会えそうだ。」
「了解です。」
そして、さほど間を開けないでメインモニターに彼の新しいフラッグが映し出された。
真っ赤なGN粒子を放出して飛ぶその姿は、まさに戦うために生み出されたフラッグのようだった。
今まで、ガンダムによって命を落とし傷ついてきた仲間の仇を取るために。
フラッグファイターたちの魂を受け継いだ、ラストフラッグ。
「それと。君に知らせなくてはいけないことがある。」
「・・・・大尉?」
グラハムの表情はさきほどとは一変して、とても苦しそうだった。
よくない知らせだということを直感的には悟る。
「・・・・ダリルが・・・ガンダムと戦い、戦死したそうだ。」
「・・・・っダリルが・・・!」
蘇るのはあの夜のこと。
お前は生きろ、と言って笑って頭をなでてくれた彼のこと。
嘘だ。
帰って来るよね、と尋ねたときの曖昧な笑顔が浮かび上がる。
もう彼は、 帰 っ て 来 な い ・・・
「すなまい、。言うべきか止めるべきか迷ったのだが・・・」
「・・・いえ、教えてくれてありがとうございます。」
「ガンダムは・・・、いつも私の大切なものを奪って行く・・・!」
通信の向こうでグラハムが怒りを押し殺した声でそうつぶやいた。
彼の言うとおりだ。
何が、武力による戦争根絶だ。
その彼等ソレスタルビーイングが目標とする"戦争根絶"ために一体どれだけの人が犠牲になっているのだ。
一体どれだけの人が悲しみの涙を流したのだろうか。
確かに、私は、・という人間はユニオンの軍人だ。
空を飛んでみたいという理由で乗ったフラッグだって、命令が下れば否応なしに力を行使するし、人だって殺した。
それがあたり前だった。
それ以外に生きていく方法なんてない。
だって、自分たちは軍人だ。国を守るために働く軍人なのだから。
でも、そんな自分たちにだって日常はあった。
一緒に誰かの冗談で笑い合ったりもした。
一緒にお昼ご飯を食べた。
一緒に飲みにだって行った。
一緒に厳しい訓練にだって耐えた。
一緒に戦った。
信頼する友だった。 戦友だった。
ソレスタルビーイングは、ガンダムは、その日常を悉く奪っていった。
「ダリルは・・・私に生きろと言いました。最後のフラッグファイターになったとしても、って。」
「ダリルはそういうやつだからな・・・」
グラハムはそう言って視線を伏せた。
そして次に視線を上げたとき、彼の瞳に一切の迷いはなかった。
一瞬、その強い視線に何もかも見透かされたような気分になる。
「・・・。」
「・・・なんでしょうか・・?」
「私は今、とても君に感謝している。」
「・・・大尉?」
突然の言葉に心臓が跳ねる。
何故か、もう後戻りできないような感覚に襲われた。
「この作戦に君を巻き込んだのは紛れも無い私だ。いや、今にも関わらず以前からずっと。
もう何年も君とともに戦ってきたが君がどんな無茶を言ってもずっと私についてきてくれた。本当に嬉しく思う。」
「・・・それは、私が貴方を信頼しているからです。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。けれども、もうこれ以上私の我侭に君を付き合わせることはできないのだ。」
「・・・大尉ッ・・・!」
「君がガンダムを憎む気持ちは私と一緒だ。君がダリルたちの仇を討ちたい気持ちもわかる。私も同じだ。
けれど、もうだめなんだ。私は気付いてしまった。
私も仇を打ちたい、ガンダムを倒したい。しかし、それ以上にガンダムと戦いたくてしょうがない自分がいるのだよ・・・」
「待ってください、大尉!!」
「本当にすまない、。でも私はガンダムと戦いたいんだ。ようやく見つけたんだ、本気の力を出して戦い会える相手を。」
ピピピピッ、とけたたましい警告音がのフラッグのコックピット内に響いた。
この空域にいるMSはとグラハムのフラッグだけだ。
モニター越しに、自分より少し前を飛んでいたグラハムのフラッグのビームライフルが真っ直ぐ自分にその銃口を向けているのが見えた。
「大尉・・・どうして・・・」
「すまない。でもどうか君だけは生き残ってくれ・・・」
真っ直ぐ飛んできたライフルの光は、回避行動をとる余裕もなかったのフラッグの動力部を直撃した。
急激にフラッグの出力が下がっていく。
もうこれではガンダムと戦うどころか、そのポイントに行く事さえ不可能だ。
フラッグが衝撃による爆発を逃れるぎりぎりの位置を狙ったその優しさが酷く痛かった。
「本当にありがとう。私の大切な人・・・」
「大尉!! グラハム大尉ッ!!」
そう言い残して、赤い粒子は次第に遠ざかって行った。
何度通信に向かって叫んでも、通信を切ってしまったグラハムにはもう届かない。
まるでもう帰って来ることはないそうな、これが最後の別れのような彼の言葉。
次第に消えていく赤い粒子もまた、彼のいない未来を暗示しているようだった。
それはあまりにも残酷すぎる別れだった。
その後、4機のガンダムは国連軍により大破、消失。
ソレスタルビーイングの母艦とされた巨大戦艦の沈没に伴い、FALLEN ANGELS作戦は幕を閉じた。
参加モビルスーツ総勢2977機、死者行方不明者は合わせて1000人を超した。
また、今回の主力として導入されたジンクス29機のうち生存したのはたったの2機。
国連軍の勝利で決着の着いたこの戦いは、最悪の被害を出す事となった。
そして、最後の1つの擬似GNドライヴ搭載のフラッグで戦ったグラハムもまた、帰って来ることはなかった。
080512
グラハムが必要にガンダムに迫った理由は彼自身が戦を好んでいたことにあると私は考えます。
でも、彼も人の子だから。
好きだったヒロインをこれ以上自分のエゴでの戦いに巻き込んではいけないと考えた。
そう感じ取ってくれればありがたいです。
あと、FALLEN ANGELS作戦の参加MS数とか死亡者数とかは捏造です。