その日はとても早く目が覚めた。いや、どちらかと言ったら眠れなかったと言った方が正しいのかもしれない。

心に重く圧し掛かるのは、昨日渡された指令書への返事。

カーテンを開けると、深い海のような色をした、夜が明ける前の空はどこまでも繋がっている。

遠くに見える高層ビルの間からほんのりと朝焼けに染まったオレンジ色が顔を出していた。


突然、会いたくなった。

その存在を確かめたくなった。


数多の戦場を共に戦いぬけてきた自分のフラッグを。


いつも自分の数歩先を歩き、ときどき立ち止まって手を差し伸べてくれたグラハムを。

どうしても今、行かなければいけない気がした。








の住んでいる軍の寮から、基地の本部、フラッグの格納庫への距離は歩いても30分ほどだ。

それをわかっていながらも、夜明け前の外を歩くの歩調は次第に速まっていき、最後は全速力で走っていた。

まるでなにかに急かされるかのように。

誰かがそこで待っているかのように。


「・・・空いている・・・?」


軍は基本的に24時間体制だ。

だから、まだ夜が明けきっていないようなこんな時間でも基地の本部の建物に入ることはできた。

しかしフラッグが収納されている格納庫は普段から関係者以外は立ち入り禁止だ。

ましてこんな時間帯にその扉が空いているはずかない。

それなのに、その扉は最初から空いていたかのようにすんなりとに道をあけた。

格納庫に自由に立ち入りできる権利を得るには、それなりの地位を持っていなければならない。

カツ、カツとコンクリート剥き出しの床を歩けば音が響く。


1つの格納庫の中に収容されるフラッグは4機。

オーバーフラッグス隊のためにカスタム化された黒い装甲を持つフラッグは、窓から序々に差し込む太陽の光に照らされていた。

その光景をとても美しいとは思う。


これが、自分たちが誇りに思うユニオンのフラッグなのだ。


「誰かいるのか!」


突如、自分以外の声が辺りに響いた。

はっ、として声の主を探す。



「・・・グラハム大尉・・・?」

「・・・なのか。」


そこにいたのはグラハムだった。

彼も彼のフラッグを見つめるかのようにその前に立っている。


「・・・君にも、ジンクスへの搭乗要請が来たのだな。」

「・・・はい。」



どうしてこんな夜の明けきらない時間に、こんな場所にいるのかとはお互い口にしなかった。

なんとなくわかっていた。

彼も、自分も、きっと同じような理由でこの場所へと来たのだということを。


がグラハムの方へと近づいて、彼とともにフラッグを見上げるとグラハムはそう切り出した。

いつもは嫌味の無い自信に満ち溢れたような声で話す彼の声はどこか沈んでいた。

何かに憂いているような、迷っているような、そんな声。



「・・・幼い頃から、私は空が好きだった。」

「・・・大尉?」


突然、そう切り出したグラハムの方をは訝しげに見つめる。

しかし彼の視線は相変わらずフラッグの方へと向いていた。

まるで、何かを懐かしむような表情をしている。




「いつかこの空を自由に飛びまわりたいと思った。そしてこのフラッグのテストパイロットに選ばれた。そこでカタギリと出会った。

 『上官殺し』なんて呼ばれたこともあったが、いつもダリルとハワードが傍にいた。本当にいいフラッグファイターたちだった。

 そして君に、に出会った。あんな事故もあったがこうしていつも隣に君がいた。


 このフラッグにはな、そうした想いが、思い出が詰まっているんだ。

 本当は軍という集団を考えたらジンクスに乗るべきなのかもしれない。私達軍人が一番優先しなくてはいけないのは国民の命だ。

 それでも、私はこのフラッグで最後まで戦いたいんだ。

 全てのフラッグファイターの、フラッグに関わってきた人への最後の鎮魂歌として。」




だから私はここに残るんだよ、と言ってグラハムは悲しそうに笑った。

フラッグを見上げている彼の瞳はもしかしたら、厚い鉄の天井を通り越して、その上にある空を見ているのかもしれない。

自由に飛ぶことができる、その空を。




「・・・大尉、私も空が好きです。小さい頃からの夢でした、空を飛ぶことが。」

「私と同じだな。」

「はい。いつも、いつも大尉みたいに飛べたらいいな、って思ってました。」

「それは光栄だ。」



太陽が昇り始めたのか、格納庫の中も明るくなっていく。

ふと、グラハムの方を振り向た。

より頭1つ分以上高いところにある彼の顔はとても悲しそうで、苦しそうだった。

どうしてそんな顔で優しく笑っているのかがわからない。

何故だか、とても泣きたくなった。



「私、フラッグが好きです。空を飛べたのも、大尉に出会えたことも、オーバーフラッグスになれたことも。

 全部フラッグのおかげなんです。フラッグがあったから、私はここまで来る事ができた。」


「・・・ああ。」


「私、フラッグから降りたくないんです。でもガンダムを倒すには今の性能には限界がある。

 だからどうすればいいのか全然わからなくて。フラッグを見ればどうにかなる気がしたけれど全然だめでした。

 返事しなくちゃいけないのに、答えが出てこないんです・・・」




目の奥が熱くなって、視界がぼやける。

泣いていることを悟られないように、無駄な足掻きだとわかっていてもは俯いて唇を噛んだ。

ポツリ、と雫が足元に落ちた。



「なにも、諦める事は無い。人は飛ぶことを可能にしたのだから、このフラッグでガンダムと互角に戦うことだって不可能ではない。」



それに・・・、とグラハムは続けた。

酷く優しい声だった。



が信じるものはなんだ、信じている人は誰だ? 君は君の信じるものに従えばいい。それは私でもダリルでも誰でも同じだ。」

「・・・・私の信じるもの・・・?」

だ。他の誰でもない。その選択を決めるのはの心だ。」



ポンッ、との頭にグラハムの手が置かれた。

頭を撫でるわけでもなく、ただその手は置かれているだけだ。

そして小さくグラハムは呟いた。



「最も、私は君のことを信じているがな。フラッグファイターの。」

「・・・ッ、大尉、それは・・・!」

「どちらにせよ、答えを決めるのは君自身だよ。」



そう言って、暖かい手は離れて行った。

同時に、まるでグラハム自信まで遠くに行ってしまったような感覚に襲われる。



空を飛ぶという夢を叶えてくれたのはフラッグだった。

大切な仲間たちに出会えたのもフラッグがあったからだった。

そして必ず自分の隣にはグラハムがいた。

いつも自分を守ってくれた彼を、自分も全力で守ろうと思った。

誰よりも信じられる彼とともに、この戦場を戦い抜いていこうと思った。




・・・・答えは、すぐそこにあったのだ。




「・・・大尉、私も最後までフラッグで戦います。」

「・・・そうか。それは・・・とても嬉しいよ。よろしく頼むよ、フラッグファイター。」


グラハムはとても嬉しそうに笑って、誇らしげにその名を呼んだ。

もう、迷うことは無い。


私は、最後までフラッグファイターとして戦うことを、その誇りを持って生きようと誓った。





080507
フラッグファイターたちの高い誇りを書きたかったのです。