「空は自由だ。私達を縛り付けるものも何もない。だから人はこの青い空に恋焦がれるのだ。」



むかし、彼はキラキラと太陽にその髪を輝かせ、青い制服に身を纏い、私に背を向けてそう話した。

誰もが一度は憧れて手を伸ばす青い空。

よく空を見上げていた彼は人よりも強い憧れを抱き、誰よりも天に近いところにいたのかもしれない。












「・・・私が国連軍の部隊へ、ですか?」

「ああ。我軍にも先日ジンクスが10機ほど配置されたのは知っているだろう。もちろんパイロットは最高のメンバーで構成するつもりなんだが、ぜひ君にとのことなのだよ。」


突然の上官からの呼び出しに、何かしらのことはあるだろうとは考えていた。

しかし予想は予想よりも甘かったようだ。

は渡された指令所を開くこともなく、ただ自分の目の前に座っている上官の顔を唖然と見つめた。

ユニオンからも国連軍のメンバーが出ることは知っていたが、まさか自分がそのパイロット候補になるなんて。


「あの、お伺いしたいのですが、エーカー上級大尉は・・・?」

「あいつか。あいつなら私がジンクスのジの字も口にする前に断られたよ。彼の実力なら相当な戦果も期待できただろうに。」

「そうですか・・・。」

も、返事は今すぐにとは言わない。強制参加ではないからな。だかせっかくのチャンスだ、よく考えろ。」


一体、どうすればいいのか。

ジンクスのパイロット候補になっただけでも素晴らしいことだ。

そして何より、あの仲間の命をむざむざと奪っていったガンダムと対等に戦える大きなチャンスでもある。

の心に引っかかるのはただ一つ、自分の上司でもあり戦友でもあるグラハム・エーカーのことだった。

誰よりもガンダムに執着し、誰よりも仲間の仇を獲りたがっている彼が、どうして辞退してしまったのか。

ガンダムの性能にも引けをとらない機動性を兼ね備えたジンクスに乗れば、最大で12Gもかかるカスタムフラッグ以上に戦うことができるのに。

それががジンクスに搭乗するか否かを悩む大きな原因だった。







オーバーフラッグ隊に与えられた部屋の扉を開くと、そこは普段と特別変わり無い雰囲気であった。

世界各国から集まったフラッグファイターたちで賑わっていた部屋も、今では空席が目立つ。

きっとここにいる数少ないパイロットたちもみなジンクスへと搭乗するのだろう。


「おかえり、。君も上官に呼び出されたらしいじゃないか。」

「・・・はい。」


そう言って、を出迎えたのは悩みの原因でもあるグラハムだった。

とっさに、右手に持っていた指令所を身体の後ろに隠してしまう。

グラハムはそんなの様子を深く追求することもなく、いつもの調子で声をあげた。


「さあ仕事だ。パイロットにデスクワークなんてナンセンスだがな!」











「お疲れ様でした。」


もう殆ど人のいなくなった部屋の中へと声をかける。

定時をとっくに過ぎての帰宅は、もう当たり前のことになってしまった。

最低限の証明しか点いていないため薄暗く、人気のない廊下は昼間とはうってかわって酷く静かだ。

そんな中に一人、見慣れた人影が立っていた。


「ダリル、どうかしたの?」

、少し時間をくれないか?」

「うん、大丈夫。」


そこにいたのはより少し前に帰ったはずのダリルだった。

顔がはっきり見えないせいか、それともダリルが纏う雰囲気のせいか。

いつものように気軽に声はかけられなかった。


「・・・ジンクスのことはもう聞いたか?」


先に話し出したのはダリルの方だった。

ジンクスという言葉に少なからず反応してしまう。


「うん、ユニオンからもパイロットを出すって・・・」

にも来ただろう、指令所。俺にも来たんだ。」

「・・・そっか、そうだよね。私にも来たんだからダリルも来るはずだよね。」

はどうするんだ・・・?」

「えっ、私・・・」


思わず返答に詰まる。

まだ決めていないのだ、いや、決められないでいるのだ。

ガンダムと対等に戦える戦力と、あくまでフラッグで戦うと決心したグラハムとの間で。


「ごめん、まだ決められてないんだ・・・。ダリルは・・・?」

「・・・俺は国連部隊に行く、フラッグファイターとして。」

「そうなんだ・・・。隊長は・・・何か言ってた?」

「行く道は違えどお前はフラッグファイターだ、ってさ。隊長らしいよ。」


そう言って笑ったダリルの顔は酷く悲しげな様子だった。

ダリルもまた、以上に長くグラハムと共に戦ってきた中の一人だ。

そしてもう一人の戦友のハワードを亡くしている。

ガンダムを倒したいという気持ちはきっとグラハムと引けをとらない。

ジンクスの戦力か、長年の信頼か。

とても苦しい判断に違いなかった。


、お前がどっちを選ぶのかはわからないが、言っておきたいことがあるんだ。」

「うん・・・。」

「お前は生きろ、例え最後のフラッグファイターになったとしても。」

「待って、それじゃあまるでダリルは・・・」

「お前は危なっかしいからな。こうでも言わないと落ち着いて戦えもしない。」

「・・・帰ってくるよね、ダリル・・・?」

「さあな。でも俺たちは最後までフラッグファイターだ。」



そう言い切ると、ダリルはいつものようにぐしゃぐしゃとの頭を乱暴に撫でた。

先ほどとは一変して、もうダリルの瞳に迷いは無い。

戦に挑むフラッグファイターの目だ。


「じゃあな。引き止めて悪かった。」

「・・・ありがとう、ダリル。」


ダリルの決心はにも伝わってきた。

振り返ることなく挨拶変わりに手だけあげて、ユニオンブルーの背中は遠ざかって行く。

時間は、もう目の前の迫っていた。




080504