ten
「お前、一体あの日保健室で何があったんだ?」
「そんな・・・ただ、キラと話しをしただけだよ。」
「何も無かったにしては随分とおかしな態度じゃないの、?」
そう、普段より一段と低くなったミーアの声にはそっと顔をあげた。
手持ち無沙汰で弄んでいたペットボトルを机の上に置く。
昼休みの教室はにぎやかだった。
「だから、本当だってば!!」
「じゃあどうして、ここ数日まったく話をしないんだ?明らかにキラのこと避けてるだろ。」
「それは話す機会が無いだけで・・・」
「この間、キラから話しかけてきてたじゃん。」
これじゃあ、完全に八方塞だ。
確かに自分は、あの一件があって以来キラのことを極力避け続けてきた。
でもそれを言うなら、キラにも原因があるのではないのか。
突然、抱きしめられたのだから。
その意味も、想いもわからないままで抱きしめられたのだから。
「・・・ごめん・・・。あと少しだけ、このままで居させて・・・」
「・・・キ、キラ!?」
まるで独り言のようにそう呟いて、キラはを抱きしめた。
痛いくらいに力が込められる腕。
ずっと好きだったキラに抱きしめられているという事実。
本当は嬉しいはずなのに、胸を支配していく空虚感と涙。
「ごめんね、・・・・」
儚く今にも消えてしまいそうなキラの声。
意味が、わからなかった。
どうしてキラは自分を抱きしめて、
どうして謝っているのか。
キラの見ているものは、私には見えない。
「」
上から優しく名前を呼ばれて、ハッと我を取り戻した。
一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
長い間抱きしめられていた気がするが、きっとほんの僅かな時間だったに違いない。
「僕、そろそろ行くね。」
「・・あっ、うん・・・」
それが合図だったかのように、ゆっくりと暖かい温もりは離れていった。
待って、と思わず声が出かかるがかろうじて理性で留める。
カタン、とキラが椅子から立ち上がる音がしてゆるゆるとは視線を上げた。
その先に映るのは、泣いているような笑っているような怒っているような全ての感情を混ぜたような顔をしたキラだった。
「、大丈夫?」
「えっ、あ、ごめん。ちょっと考え事を・・・」
気を緩めれば無意識のうちにあの日のことを思い出してしまう。
もうこれで、何度目だかさえ分からない。
「そ、そうだ!! あたし音楽室に忘れ物しちゃったから取りに行って来るね。」
「一緒に行こうか?」
「大丈夫だよ、すぐに戻ってくるね。」
そうミーアに笑いかけて、は教室を飛び出した。
きっとあの場所にいたら、あの暖かい場所にいたら自分は泣いていた。
カガリとミーアが心配してくれているのは痛いほどに感じている。
本当なら2人に頼って、全てを話して、泣いてしまいたい。
でも、それは出来ない。
きっと泣いてしまったら、誰かに頼ってしまったら、この恋は終わってしまう気がする。
確信はない。
もしかしたら唯の自分のエゴかもしれない。
だけど、未来を、信じたかった。
「よし、頑張ろう・・・」
逃げているだけではダメだと思った。
けれど、行動に移すというのは予想以上に勇気のいることだった。
だから、また立ち上がろうと思ったのに。
だから、もう泣かないって決めたのに。
ど う し て 、 神 様 は 残 酷 な ん だ ろ う
今は使用してない教室の開いた扉から見えたのは、知らない女子生徒と、キラの後姿だった。
070131