five
「失礼しました・・・」
そう小さく呟いて、は職員室の扉を静かに閉めた。
うっかり頼まれてしまった仕事のために赴いた放課後の職員室で担任教師に捕まってしまう。
そのまま勉強はどうだとか、クラスメイトとは上手くやっているかなどと質問攻めにあい、気付けば時刻は5時を回っていた。
オレンジ色に染まった夕日が廊下の窓から入り込む。
「帰ろうかな。」
廊下に置いておいた鞄をとって、誰もいない廊下をは歩き出した。
そういえば、と思う。
この学校に転校してきて今見たくあまり遅い時間まで残っているということは無かった。
興味を抱いたは足取りを少し軽くして教室へと歩き出した。
校庭に面した教室からは、綺麗な夕日が見れるのだろうと思いながら。
未だ、教室に残っている人は少なかった。
時々、僅かに開いたドアの隙間からおしゃべりをしたり、勉強をしたりと2,3人の生徒が残っている教室があるくらいだ。
だが、そんな声も廊下に木霊することは少なく辺りは静寂につつまれていた。
「誰もいるはずないか。」
自らのクラスの扉に手をかける。
そして、その手に力を入れた瞬間だった。
クスクスと中から漏れる知らない笑い。
「ねぇ、キラ・・・?」
それに続く甘い声。
反射的には一歩後ずさった。
ほんの2,3センチしか開いてない扉からは中の様子はまったくわからない。
手に持った鞄を落としてしまわないように、無意識に強く握り締めた。
そして、音を立てないように、しかし素早くはその場から離れた。
「キラっ・・・」
たどり着いた下駄箱に思いっきり拳を打ちつけた。
あの教室にいたのは、変わってしまったキラなんだ。
自分の知らないキラなんだ。
気付けば頬を涙が伝っていた。
冷えた空気の中でその涙は異様に熱かった。
打ち付けた拳からは僅かに血が滲む。
心が、ぐちゃぐちゃだった・・・
もうすぐ季節は秋へと変わる、そんな夕方は半袖の制服では薄寒かった。
校舎で夕日が遮られ影になっている道をは歩く。
ふと、上を見上げた。
「キラ・・・・」
視線の先には自分が使っている教室が見える。
いくつもの窓ガラスに太陽が反射する中、ポツンと一つのシルエットが浮かび上がっていた。
一番窓際の席、後ろから2番目。
机に伏せた格好をしているそのシルエットはまぎれもなくキラのものだった。
「キラ、キラ・・・・」
そう心の中で幾度も名前を叫ぶ。
もしかしたら、彼はこちらを振りむいてくれるかもしれないと願いを込めて。
言葉だけで通じるかもしれないと、淡い期待を抱いて。
しかし結局、キラが振り向くことはなかった。
机に伏せたままで一体何を考えているのだろう。
その視線の先には一体何があるのだろう。
は重い足を、先へと伸ばした。
涙は枯れてしまったみたいだった。
「・・・?」
机の上から重い頭をゆっくりとキラは上げた。
誰もいない教室はひたすら静寂を守っている。
ひんやりとした窓にキラは手をかけた。
少し肌寒い風が頬をくすぐる。
眼下には誰もいない、ただのアスファルトだけが目に映る。
何を期待していたのだろう、と自称気味に笑ってキラは窓を閉めた。
パタンッ、と閉じた音が教室に響いた。
0611119