きみの て
自分の体温ですっかり暖かくなった布団から右手を出してみる。
すっかり闇に溶け込んだ外気は流石に冷たい。
障子の向こうに月明かりに照らされて、一つのシルエットが浮かび上がった。
「、僕です。入りますよ。」
「・・・うん・・・」
急いで右手を布団の中へ引っ込める。
それと同時に、ゆっくりと部屋と外を隔てていた障子が開いた。
部屋の中へ入り込もうとする月光を弁慶の黒い外套が遮る。
「まったく。また布団から出ていたのですか?」
「いえ、滅相もない!! 右手が少し脱走してましたが。」
はぁ、と溜め息を吐きながら弁慶はの頭の横に座った。
頭からすっぽりと被った外套を下ろすと、亜麻色の髪が揺れる。
「わかっていますか?これでも僕は怒っているんです。」
「・・・ごめんなさい。」
「謝って欲しいわけじゃありません。反省していますか、?」
「・・・はい」
弁慶のお説教は嫌だ。人の傷を抉るような嫌味を遠まわしに言ってくる。
唯でさえ夜は熱が上がるのに、お説教なんてされたらたまらない。
それでも、弁慶の忠告を聞かずに無理をして風邪をひいた自分が一番悪いのだが。
「あれだけ何度も注意をしたのに君ときたら・・・。九郎もヒノエも心配してましたよ。」
「九郎さんが?」
「ええ。 まぁ、僕としてはこうして君の看病をしている僕だけを必要として欲しいのですが。」
「・・・んー・・・」
「その曖昧な返事は肯定として受け取っていいのですか?」
「・・・んー・・・」
本気にしてしまいますよ、と言いながら先程から枕元で何やら動きを続けていた弁慶の手が止まった。
瞼を開けてそれを確認するのさえ、今のには大変なことだった。
そうしているうちに、額に乗っていた生温くなった布が外される。
「下がりませんね、熱」
「弁慶の手、冷たくて気持ちいい・・・」
「君にそんな事言われるなんて思いも寄らなかった・・・」
額に乗った弁慶の手は、冷たくて薬草の匂いと微かに香の香りが漂う。
それはとても暖かくて、弁慶と言う人物の存在を証明しているようだった。
「さあ、薬を飲んで今日は寝ましょう。長引かせてはいけない。」
「・・・はい。」
額からはなれていってしまった弁慶の手が名残惜しいというのは、秘密だ。
おやすみなさい、僕だけの可愛い君。
070130