弐
「ここ、はいったいどこなの・・・」
まず初めに考えたのは自分の今居る場所だった。
確か自分は学校の帰りで電車に乗っていて・・・・そしてあの不思議な夢を見た。
夏だった季節が目を覚ませば冬に変わっていて、酷く寒かった。
「お目覚めでしょうか・・・?」
「・・・は、はい・・・」
その先を思い出そうとしていたに控えめな女性の声がかかった。
おそるおそる返事をすると声の人は静かに部屋へと入ってきた。
ゆっくりとは起き上がる。
「今、他の女房が薬湯をお持ちいたします。私は主への報告があります故・・・」
「・・・・あっ、はい・・・」
「失礼致します。」
入れ替わり立ち代り、次々と"女房"と呼ばれた人達が出入りを繰り返す。
ここは・・・何かの映画のセットなのだろうか・・・
彼女らは皆、テレビなどでしか目にしないような着物を着ている。
そして自分が着ているのも白く薄い着物。
部屋の造りも多分恐らく寝殿造りと言われるものだ・・・
「・・・時代跳躍・・・・とか・・・」
不安を取り除くために言ってみた冗談も、もはや冗談には聞こえなかった。
とりあえず夢かもしれない、という願いを込めて渡された薬湯というものを飲んでみる。
「に、苦い・・・」
それはあまりにも苦い。
現代ではこんな薬はありえない。
顔の表情を歪めた空になった器を近くにいた女房へとが渡した時だった。
お世辞にも丁寧とは言えない仕草で部屋の戸が開かれる。
そして部屋に無言で入ってきたのは開いた戸の向こうに降り積もる真っ白な雪とは正反対の漆黒の装束を纏った青年。
一瞬にして部屋の中へ緊張が走り、一斉に部屋の中にいた女房が彼に頭を下げた。
「お前達はもう、下がれ。」
命令口調でそう告げた彼に一礼して部屋にいた数人の女房たちは静かに部屋を出て行った。
突然の訪問者にの視線は釘付けとなる。
彼は眉間に皺をよせたまま、無言での布団の横に座った。
重い沈黙が流れるが、一向にと彼は視線を外さずに相手を牽制し合うかのように視線が交わる。
しばしばの沈黙の後先に口を割ったのは彼の方だった。
「貴方は、神か?」
「・・・えっ・・・・!?」
突然の質問に思わず口が塞がらない。
だが、この問いと同じ声を聞いたような気がする・・・
それは、あの、吹雪の中。
真っ白な雪の中で見えた、一つの黒。
もしかしたら彼が・・・
「名を何と言う・・・?」
「・・、です・・・」
「何故あの様な場所にいた?」
「えっ・・・・」
何故、と言われても答えようが無い。
電車の中で寝ていて、夢の中で不思議な声を聞いたら雪の中に倒れていました。なんていう話を誰が信じるだろうか。
「あの、その質問に答える前に聞きたいことがあるのですが・・・」
「・・・・・よかろう・・・」
たっぷり沈黙を置いたあとに彼はを睨みつけるようにして言った。
「ここは、どこですか?」
「奥州平泉だ。」
「ええと・・・、今この世界で起こっている事で一番大きな事は?」
「源氏と平家の戦だろう。」
「源頼朝は後白河院に東国の支配権を譲り受けましたか?」
「あぁ。つい先日にな。」
予想は的中だ。しかもまったく嬉しくない予想の。
奥州平泉の藤原氏、源平合戦、頼朝の寿永二年十月宣旨。
かの有名な源平合戦の真っ最中ではないか。
時代は平安時代末期。おそらく今は寿永二年の冬。約1年後、源氏は平家を破り、義経はこの地へと逃れてくる。
そして、忠実の歴史が正しければこの春その義経は木曽義仲を宇治川で破る。
「もう質問は終わったか?」
「・・・・はい。」
急に黙り込んだを見てそう思ったのか。
彼は冷たい声でそう尋ねた。
「それでは聞かせてもらおうか。貴方はどこから来た?」
「私が住んでいた場所は・・・おそらく武蔵の国です。でも私はこの時代の人間では無い・・・」
「・・・寝言は寝て言うんだな。」
「私がいたのは、恐らくこの先の800年先の未来です。そして私は、この先起こることを知っている・・・」
ふんっ、と彼は戯言を聞くかのように鼻で笑った。
顔には明らかに皮肉に色が浮かんでいる。
はっきり言って・・・この人・・・腹が立つ。
「そんなに信じられないなら信じさせるまでです!」
「どうしてくれようか?」
こんな時ばかり、今まで勉強してきてよかったと思えた。
そして自分の得意科目が日本史だったことに始めて感謝をした。
源平合戦の真っ只中。
奥州藤原氏。
この立派な邸。
女房達の反応。
そして彼の年齢。
辿り着く答えは・・・、
「貴方は・・・奥州藤原の4代目総領、藤原泰衡・・・。」
「・・・」
「そして近いうちか、もうすでに木曽義仲は征夷大将軍に任命される。」
「・・・そんな事、調べれば誰にでもわかることだろう。」
彼、泰衡はあざ笑うかのようにの言葉を一蹴りした。
口端を上げて、を睨みつける。
「だが、面白い。」
「・・・・はっ?」
「俺の名は貴方が言った通り藤原泰衡だ。覚えておいた方が身のためだぞ、殿。」
「・・・あっ、はい・・・」
あまりの泰衡の態度の豹変ぶりには付いていけなかった。
そのまま泰衡は漆黒の外套を翻して部屋を出て行く。
残されたは、困ったように彼が出て行った戸の方を見つめ続けた。
070404