10
「こ、こんにちわ・・・」
部活に行くのがこんなに苦痛なんて生まれて初めてのことだった。
今までは、部活が生きがいといっても過言ではなかったのに。
体育館に入ったら、左右を確認して部室まで走る。
願う事はたった一つ。
ヤマト先輩に見つかりませんように・・・・
*
そもそも事の発端は、ヨウランに昨日のことをしつこく聞かれたからだった。
と図書館へ行った事を本にでもまとめるつもりか?と疑いたくなるほどの質問攻めに合って。
そのとき話してしまったのだ。
の兄が、キラ・ヤマトだという事実を。
「キラ・ヤマトって、あのヤマト先輩のこと!? お前、ヤマト先輩って相当なシスコンだって噂だぞ!?」
「・・・嘘だろ・・・?」
「だって、あのザラ先輩でさえ止めに入る事を躊躇うんだぞ!?どうするんだよ、妹さんとデートしたなんてバレたら・・・」
「・・・や、やめてぇ!!!」
*
そういうことでシンは、こうして脅えているのだった。
いつかは顔をあわせなくちゃならない事はわかっている。
「オイ、シン!」
「うわぁっ!!」
脅えるシンの肩をたたいたのはレイだった。
異常なまでの驚きように、レイの表情も強張る。
「なんだ、レイか・・・、驚かせるなよ・・・」
「驚いたのはこっちだ、シン。 というかなんでお前はそんなに神経質になっているんだ?」
「ヤマト先輩が・・・」
「ヤマト先輩ならさっき職員室前で合ったぞ?ザラ先輩を待ってたのだから、そろそろ来るだろう。」
シンの顔が、サッと青ざめた。
レイが不思議そうに首をかしげる。
「シン、いったいどうした・・?」
「俺、今日は帰るわ。 なんか風邪ひいたみたい・・・・」
「風邪?平気、平気。熱なんかないよ、シン!」
「・・・ヤ・・・ヤ・・ヤ・・・ヤマト先輩っ!!!」
恐怖に負けたシンは、再び鞄を持って部室を後にしようとした。
が、運悪くも開けた扉の向こうに立ってたのは噂のキラとアスラン。
どもりすぎだよ、というアスランの突っ込みは軽くスルーされる。
「どうしたの、シン?そんなに焦って?あ、もしかしてトイレ行きたかった?」
「ち、違います!!」
「じゃあ、どうしたの? なんかすっごい汗かいてるよ・・?」
これは、嵐の前の静けさというものではないだろうか・・・
普段なら、天使のような微笑のあの笑顔も今は悪魔の笑みにしか見えない。
一体この後、自分はどうなってしまうのだろう・・・
「すいません、先輩。シンは今日提出の課題を提出し忘れていて、今から先生に謝りに行くところなんです。」
「あ、そうなの? 駄目だよ、シン、期限は守らなくちゃ。」
それは、まさに天からの助けだった。
冷静に説明するレイが神様のように光って見える。
「じゃあ、行ってきなシン。ちゃんと謝りなよ〜」
「あ、ハイ・・・」
シンはほっと胸をなでおろし、目でレイにありがとうと訴え、体育館を後にした。
*
「って言ってもなぁ・・・」
課題というのはただの言い訳で実際はちゃんと提出してある。
そして、特に用事もないがこんなに早く体育館へと戻ったら不振に思われるのでシンは当てもなく校舎を歩いていた。
「・・・メール?」
丁度階段を上りきったところで、ポケットに入れっぱなしだったケータイのバイブがなる。
それはメールの着信を知らせていた。
「からだ!!」
メールの送り主の名を見て、思わず顔が綻んだ。
どうやら、今日はの部活は休みだったらしく、シンに教えてもらった数学の解法が思いのほか役に立っているなどと他愛もないこと。
それでも、よかった。
それでも、すっごく嬉しかった。
そして実感する。
「俺、のこと大好きだ・・・」
そして決断する。
「ちゃんと、言わなくちゃ。」
シンは、再び走り出した。
「あ、シン、お帰り!!」
飛び込んだ体育館からヨウランの陽気な声がかかる。
今、バスケ部は休憩中だった。
「俺、決めたよ、ヨウラン!!」
「・・・なるほどな。頑張れよ、シン。」
不可解な言葉に周りの人たちは顔を見合わせる。
どこかすっきりとしたシンの笑顔に、ヨウランもつられて微笑んだ。
此処でやる事はあと2つ。
認めてもらう事。
「ヤマト先輩。」
「あ、シン? 何?」
一歩、一歩、キラに近づくたびに心臓が早く動きだす。
握った手のひらは汗ばむ。
「その・・・、妹さんを僕にください!!」
誰もがその言葉に一瞬動きを止めた。
体育館が静まり返る。
深く、深く頭を下げた向こうで人が動く気配がした。
おそらく、ヤマト先輩だろう。
「シン・・・・」
一体この後どうなるのだろう。
罵倒されるのか、殴られるのか・・・
「シン、顔を上げて。」
それは思った以上に優しい言葉だった。
恐る恐る顔を上げたその先には、キラの笑顔があった。
「知ってたよ、君とが繋がってる、そして惹かれあってることくらいね。」
「・・・・なんで・・・」
「だって、があまりにも嬉しそうに君のこと話すんだもん。最初はちょとくらい嫉妬したけどね、僕はが幸せならそれでいいんだ。邪魔なんて卑劣なことしたらに嫌われちゃうもんね。」
「じゃあ、俺、と・・・」
「止めないよ、僕は。次第だけどね。でも、を泣かせたら僕、君の事、殺すから、覚悟してね?」
満面の笑みで告げられた最後の言葉は、この世のものとは思えない冷たさを含んでいた。
思わずシンは後ず去る。
「冗談だよ。でもを悲しませたら本当に僕、何するかわからないから。」
「絶対に、を泣かせることはしませんから!!」
フッ、と思わずお互いに顔を見合わせて笑う。
残すは、あと1つ。
060802