たとえそれが罪だとしても
「雪、降ってる!」
授業中、教室の隅で小さくあがった声にノートへと落としていた視線をはあげた。
窓ガラスの向こう側には厚い灰色の雲に覆われた空から、ひらりひらりと落ちてくる白い雪が。
まるで踊り舞うように降る切片に心を奪われた。
それはいつの日か遠い遠い世界で彼の人の隣で見た記憶。
彼が命をかけて守りぬいた美しき浄土に眠りを捧げるように静かに積もっていく白い雪。
何色にも染まらない純白の結晶は時空を越えたその先にある浄土を思い出させた。
逢いたい―
と願ってしまうのは傲慢だろうか。
現代科学の全てを用いても説明できないような出来事、時空跳躍によって飛ばされた浄土と呼ばれる地で出会った黒い彼に再び逢いたいと望むのは罪だろうか。
彼にこの想いを伝えなかったことを後悔していないと言ったら、それは嘘だ。
本当は聞いて欲しかった。
見て欲しかった。
笑って欲しかった。
全部、全て、私の隣で。
私は彼の一番になりたかった。
彼の一番は父から受け継いだあの美しい浄土の地だと知っていても。
命を惜しまないほど大切なものだとわかっていても。
その想いは私への侵食をひたすらにつづけた。
だから私は彼から離れることを選んだ。
私の一番の願いが、彼の一番の願いの足枷となってしまわないように。
そのためなら、私は私の願いを捨てたほうがましだった。
そんな言い訳は叶う事の無い願いへの合理的なものだと知っていたけれど、私は逃げてしまった。
「あいたい」
音に出さずに紡いでみる。
あの日と変わらない灰色の空から降りゆく雪は、無機質な高層ビルの間を抜けて、コンクリートの地面に薄い白い膜をつくる。
「逢いたいよ、泰衡・・・」
傘を持つ人はゆっくりと、持たない人は足早に歩く人の往来の中で思わず立ち尽くす。
突然私に襲いかかったのはひどい焦燥感と、後悔と、苦しいほどの想い。
この世界へ帰ると決めたときに封じたはずの感情が関を切ったようにあふれ出す。
降る雪は序々に多くなって、辺りを真っ白に覆う。
先ほどまでの人の往来も、高層ビルも、コンクリートの地面も、全てを隠していく。
―そう、真っ白な世界に・・・・
葉の落ちた木に積もり、どこまでも白い世界には地面には一人分の足跡が続く。
私は、ここを知っている。
ここは、忘れるはずもない、彼の人が作り守った浄土。
時空を越えた遠い世界にある、この世の浄土とまで言われた地。
そしてこの足跡の先にあるものは・・・、黒の装束を纏った、誰よりもこの地を愛する、私の愛するひと。
「・・・泰衡ッ・・・」
「・・・・・」
080210
自分でも何を書いたのかわかりません。
補足としては、授業中雪が降り出した→学校が終って帰り道の途中という場面の移り変わりがあります。
個人的にはさんと泰衡の思い合う気持ちが強くて、時空が開いたんだと思います。