ガチャリ、と鍵が開く音がしてグラハムは玄関の取っ手に手を引いた。
外は夕暮れ。日が伸びていくら春が近づいてきていると言っても夜になれば外はまだ寒い。
一歩、家の中に足を踏み入れると明かりの点いた明るい部屋と香ばしい料理の匂い。
夕食を作っているのだろうか。
「ただいま。」
未だに少しぎこちなくなってしまう挨拶。
結婚して、二人で住むようになってからそれなりに時間は経ったのに。
いつか、自分がただいまと言う未来が来るなんて、考えたこともなかった。
言葉を紡ぐ相手ができるとも思っていなかった。
「おかえりなさい、グラハム。」
エプロン姿でひょっこり姿を現したは笑顔を浮かべている。
おかえりなさい、という言葉が温かく身体中に染みわたっていく。
グラハムはそのまま感情にまかせてをギュッと抱きしめた。
ここが玄関だということも忘れて。
「ちょ、グラハム!どうしたの?」
「君を抱きしめたくなっただけだ。」
「ここは玄関よ!」
「熟知している!」
腕の中でなんとかして逃げ出そうと身をよじるをさらにきつく抱きしめる。
頬を紅く染めながら抵抗するを見ると、どうも悪戯心が芽生えてくるのだ。
「・・・」
「・・・っ・・・!」
耳元で低く囁けば、耳まで赤くなり抵抗がやむ。
そして顎に手をかけ唇を奪おうとしたところで・・・気付いた。
「・・・なんという失態!」
「仮面がついてたらキスは出来ないわね。」
クスクスと笑いながらはグラハムの腕から逃げ出した。
せっかくのいい雰囲気だったのが台無しだ。
グラハムは仮面を外そうと手をかけた。そして一瞬ためらってしまう。
はこの顔についた傷をどう思っているのかと。嫌われはしないかと。
彼女を失ってしまうのがなによりの恐怖だった。
「・・グラハム。」
「なんだい?」
仮面を外して声の方へ顔を向ければ、服の袖口を引かれ身をかがめざるを得ない。
そして、甘い香りと共に右頬、目の下辺りにのキスが降りてきた。
突然の先制攻撃に唖然としたグラハムがはっと我に帰ると、はもうリビングへと歩いていくところだった。
後ろから見えた耳が赤かったのはきっと見間違いなんかではない。
「・・、今・・・」
「も、もうすぐご飯だよ!」
「ああ。」
たまにはこんな日もいいかもしれない、とグラハムは一人玄関で笑顔を浮かべた。
もまたキッチンで一人笑顔を浮かべていた。
ただいま。おかえり。
「今日はマッシュポテトなのだな!」
「グラハムが好きだから。」
「さすが我妻だ!」
090325