今でもはっきりと覚えている。
夏も終りかけて、秋が始まろうとしている夕方。
まるでドラマのワンシーンのよう誰もいない海辺に二人で座って他愛もない話をした。この先の未来のことについて。
夕日に照らされたグラハムの横顔がとてもかっこよくて少しドキドキしていた。
でももうその時は過去となっている。
私は一介の整備士、まして彼はフラッグのエースパイロット。
何度も思い描いたような幸せな未来はガンダムの出現によってあっという間に消されて行った。
どんなに涙を流しても、もう、あのときは戻ってこないとわかっていても。
過去に縋らずに生きていけるほど、私は強くない。
「・・・完成しましたよ、GNフラッグ・・・」
「そのようだな。君の協力に感謝するよ。」
突貫作業で行われたフラッグへのGNドライヴ取り付け作業は終わりを告げた。
待機室の扉が開けばそこにはパイロットスーツをいつでも出撃できるように身に着けたグラハムが静かに座っていた。
扉の前で立ち尽くすのもとへ、立ち上がったグラハムが歩み寄る。
パイスー独特の生地がスッと頬と撫でる感触がしては俯いていた顔をあげた。
「本当は、完成しなければいいと思っていました。」
「それでは私が戦えなくなってしまうよ。」
「・・・我侭ですね、私・・・」
それ以上言葉が出てこなかった。
ここで泣いて、行かないでと言ったら彼はどんな反応をするだろうか。
そんなことをしても、グラハムが宇宙へと上がるのはわかりきっていることなのに。
泣いてしまうのは反則みたいで嫌だったが、次々と目に浮かんでくる涙を止める方法を私は知らない。
俯いた先の涙で歪んだ視界の中で、ポツリと落ちた1粒が彼の白い靴へと吸い込まれて行くのを見た。
「・・・すまない、私は君を泣かせることしかできない男だ・・・」
「・・・グラハム・・・」
「君を一人になんてしたくない。」
両頬に手が添えられて、暖かい唇が目尻に溜まった涙を拭う。
そしてそのまま息が止まりそうなほど強く強く抱きしめられた。
このまま一つになってしまえたらどんなに幸せだろうか。もう私は彼と離れることなんてできない。
グラハムがいないと生きて行けない。
いつのまにこんなに弱くなってしまったのだろうか。
どれくらいそうしていたのだろうか。このまま時間が止まってしまえばよかったのにと思う。
「・・・」
私の大好きな声で名前を呼ばれる。
窓から差し込む赤い夕日があの日を彷彿と思い出させた。
「・・・卑怯だと言われても構わない。これがどんなに君を縛り付けるかもわかっている。」
「・・グラハム?」
「それでも受け取ってもらえるか?」
そして左手に感じる冷たい金属の感覚。掴まれていたグラハムの手が離れて、目を向ける。
左手の薬指に輝くのは銀色の指輪。
「・・・これ・・・」
声が震える。嬉しい感情と切ない感情が同時に湧き上がって来て、止まったはずの涙がまた溢れ始める。
「この戦が終ったら結婚してくれないか。私は必ず君のもとへと帰って来る。」
「・・・あなたを信じます。」
そうして振ってきたキスは今までで一番切なくて、一番暖かった。
「グラハム・エーカー、出る!」
そうして彼は宇宙へと戦場へと旅立って行った。
「・・・グラハム・・・・・グラハム!」
私は何度も何度も彼の名前を呼んだ。
グラハムが道に迷わないように、無事に帰って来るようにと。
何度も何度も呼ぼう、君の名を。
080921
青山テルマさんの「何度も」を聞いて突発的に書きました。
この続きが書けたらいいなーと。