「If we accept the fact・・・・、この英文の主語は・・・」


ノートにペンを走らせる音、教科書をめくる音が時折する静かな教室の中に彼の低く通る声はよく響いた。

――かっこいい―― そう小さく聞こえた声につられて横を思わず向いてしまう。

隣の席の友人は授業そっちのけの様子で、黒板の前に立つ"先生"を見つめていた。

この学校で英語を教えている教師 グラハム・エーカーはその端整な容姿もさることながら、教え方も上手く、生徒たちからの人気は他もよせつけない。

明るい金髪に翡翠の瞳。スーツが似合う立ち姿はどれもまるで女の子を夢中にさせるためのように計算されつくしたもののようだった。



「では、今日の授業はここまで。」



グラハムがそう言うのと同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

は、たちまち賑やかになった教室の中でほっと息をついた。


英語は、の最大の苦手科目だった。

いつ指されるか、どんな質問が突然飛んでくるのか。授業中は気が気でない。

しかし決して、その英語を担当する先生が嫌いというわけではないのだ。


むしろ話せる機会があれば嬉しいし、少しでも自分を見て欲しくて何かにつけて質問にもよく行った。

ただし、その気持ちは多くの生徒がそうであるように「憧れ」であって恋愛感情を持った「好き」ではないと思っている。

自分はただ1人の生徒であり、相手はこの学校でナンバーワンの人気の教師。


生徒と教師の恋愛なんてありえない。

少なくともこのときまではそうも考えていた。



。」

「・・・はい・・・?」

「今日の放課後空いてるかな。この間の質問の問題について話したいことがあるんだが。」

「もちろん大丈夫です!」

「そうか。なら放課後この教室で待っていてくれ。」



だから、グラハムが教室を出て行くときにそうに声をかけても誰も不審柄なかったし逆に羨ましがられた。

先生は先生として勉強を教えてくれるのもだと疑いもしなかった。










放課後の教室は少し時間を待っていただけであっという間に誰もいなくなった。

もうすぐ日が落ちようとしているのか、窓から見える空は薄らと赤い。

机の上には問題集とノートと筆箱が置いてある。

どこからどう見ても、今から勉強をする体勢だ。



「すまない、待たせてしまったかな。」

「いえ、全然。」



ガラッ、と音を立てて扉が開きグラハムが姿を現した。

手にはと同じ問題集と髪とペンが1本。



「ここは1人しかいないのか?」

「はい、みんなもう帰っちゃいましたよ。」



後ろ手で先ほど入ってきた教室の扉を閉めながら問う。

やはり邪魔が入らない方がやりやすいのだろう。

それでは始めようか――、そう言ってグラハムが手近にあったの隣の机を引き寄せた。

その距離がなんだかとても近くて、ふわっと先生がつけている香水のような香りが仄かに香って顔に熱が集中してしまうのがわかる。



?」

「は、はい!」



突然声をかけられて慌てて返事をするとグラハムの顔は笑っていた。

なんだか全部見透かされていたような気がして急に恥ずかしくなり俯いてしまう。


「そろそろ始めようか。この問題のここについてなんだが・・・」


グラハムの話は、以前が質問に行った問題はが間違った回答でも少し表現の仕方を変えれば間違いではない、
という至ってささいなことだった。

わざわざ放課後に教室まで来て説明するような程度ではない。

それでもこのタイミングでこの場所を選んだのは彼なりに理由があったからで・・・

がその違和感に気付いたのにはそう時間はかからなかった。


スルスルと誰かに髪を触られる感覚。

自分と先生と、2人しかいない教室でそんなことをできるのは彼1人だけだ。


それまで例題として出された問題を解いていた手が思わず止まってしまう。



「・・・せ、せんせい・・」

「何かわからないことでも?」



そう何事もなかったかのように返すグラハムに、の思考は目の前にある問題どころではない。

手に握ったまま何も書かないシャーペンに、俯いたまま上げることのできない顔。

カタン、と自分の手から落ちたシャーペンの音に一気に気付かされてしまった。




誰もいない放課後の教室。

閉められてしまった教室の扉。

今はもう薄暗くなり、蛍光灯の明かりが嫌に目立つこの密室といえる状態に。





「それとも、具合でも悪いのか?顔が随分と赤いようだが。」

「そ、それは・・・」



わざと覗き込むようにしてを見るグラハムは笑っていた。

まるで何もかもお見通しと言うかのように。



彼は確信犯だ。



「先生、冗談は・・・」

「おや、これが冗談だと思うのかい・・・?」



それまで髪に触れていたグラハムの手はいつの間にかの頬に当てられていた。

手を伸ばせば簡単に届いてしまうくらい近くにあるグラハムの翡翠の瞳から目がそらせなくなる。


その時、静かな足音とともに閉められた教室の扉の向こうに歩く人影が映し出された。

放課後とは言え学校の中にはまだ人はたくさん残っている。

いつこの教室に誰が入ってくるかもわからないのだ。



「それでは1つヒントをあげよう。」



聞いてはいけない、とどこかで否定する自分がいる。


これは生徒と教師を越えた関係。

あってはいけない禁忌。

けれども思ってしまう。

この翡翠の瞳に映るのが自分一人だけだったらどんなに喜ばしいことだろうかと。








「・・・答えを教えてもらえませんか・・・?」






 そ し て 私 た ち は 禁 忌 を 犯 し た 。






「・・・そうだな。 私は、、君のことが好きだ。」







080709
企画 CAN'T STOPへ提出させていただきました作品です。
学パロは書くのが楽しい!