「九郎たちは先に行ってください。」

「しかし弁慶・・・」

「僕には1つだけ方法があります。そのためには九郎、君は僕より先に行かなくてはなりません。」

「・・・弁慶さんだけを残していくなんてできません。」

「望美さん。ちゃんと後から追いますから、大丈夫、心配しないで・・・。」



歴史は再び繰り返されてしまった。

九郎を鎌倉から匿った奥州は、その鎌倉からの圧力に耐えることができなかった。

当然だろう、今や頼朝率いる鎌倉は関東を中心にした最大の権力者だ。

以仁王の平家討伐の令旨を受けて早二年。

鎌倉を拠点に、北陸の木曽義仲、平家を滅ぼした。御家人との土地制度で基盤を固めた頼朝に逆らえるものは皆無に等しい。

そして、奥州は秀衡が亡くなり四代目泰衡は鎌倉を防ぐことはできなかった。

奥州・鎌倉軍はとうとう九郎へ、その刃の切っ先を向けた。




「さぁ、。君も行きなさい。」

「・・・・」



あなたがそんなにも綺麗に微笑むから、私は何も言えなかった。

今からたった一人で、仲間の、主の命を守るために勝ち目の無い戦場へと赴く人のする顔ではない。

策なんてどこにもあるはずがないのに。

でも馬鹿正直な九郎は弁慶を信じている。きっと望美も信じている。



「そろそろ夜明けが近い、早く。」

「必ず、必ず追いつくんだぞ・・・」



念を押すように言った九郎の言葉にさらりとした笑みを浮かべて、弁慶は私達に背を向けた。

ひらり、と翻った黒い外套はもう振り返らない。

誰も、何も言わなかった。

彼の行き先がわかっていても止められない歯痒さと、逃げなくてはという焦り。

最初に声を発したのは九郎だった。



「・・・行くぞ、行って弁慶を迎えるんだ。」

「、本当にお前はそれでいいのかよ。」

「将臣くん!・・・だって策があるからって言ったじゃない・・・」

「行くぞ!」



弁慶とは逆の方へ、九郎は歩き出した。

心配するな、とでも言うように望美の頭を撫でた将臣もそれに続いた。

弁慶の進んでいった道の先に、赤い朝陽が上昇り出していた。













「・・・ッ、くそ・・・」

「なんでこんなに数が多いんだよ!」



辺りが薄らと明るくなり、進むにつれて敵の数は急激に増え出した。それにつれて疲弊していくのは私達の方だ。

私はまた、後ろ振り返った。

いまにもあの真っ黒い外套を纏った弁慶が、笑顔で追いついてくる気がした。

早く、早くと焦るのは一体何に対してなのか。





「・・・ッ!?」

「ごめん、望美。先に行ってて!」



馬鹿な行為だとわかっていた。正真正銘の自殺行為だということも。

私は、来た道を全速力で引き返していた。

驚きに目を見開き必死に伸ばてきた望美の手を振り払った。九郎や将臣の声にも振り向かなかった。

僅かな狂いもなく歴史を辿るあの人を、どうして一人にしてしまったのだろうか。

結末を知っているのに、何もしないで見送るのか。


そんなことできやしない。そう考え実行に移した自分が、まだそんな優しい心を持っていたことに感謝した。

殺さなければ自分が殺される、そんな世界で自分の手を赤に染めてきた自分はまだ人の心を持っていた。

だから私は馬鹿なのだ。

たった一人の、愛してしまった人のためにわざわざ危険に突っ込んでいくのだから。



「・・・弁慶ッ・・・」



山道をひたすら走った。

雪に足を取られ、どんなに苦しくても、その苦しみなんて貴方の苦しみに比べればどってことない。

どれだけ走ってきたのだろう。

血の匂い、刀がぶつかり合う金属の音、断末魔や怒号が次第に聞こえ始めていた。







「・・・べんけいッ!!」

「・・・・君はッ・・・」



ぼろぼろになった外套。あちこちから染み出した血が服を染める。

全身で息をしながら弁慶は薙刀を振るっていた。

足元に転がった多くの屍が戦の激しさを物語っていた。



「・・・君と言う人は、まったく・・・」

「引き返してしまいました。」

「僕は君を甘く見すぎていたようだ・・・。」



戦場は突然現れた私のせいで、一瞬静まりかけた。

しかし女一人増えたところで戦況が変わるわけでもない。






「九郎義経を討ち取る前に、この武蔵坊弁慶を討ち取るがよい。」






高らかに弁慶の声が辺りに響いた。


触れ合った背中は、いつの日が二人で過ごした春の日の日差しのように暖かかった。

またそんな春の日を迎えることはできるのだろうか。



「後悔はしませんか?」

「弁慶となら大丈夫。」

「また僕は罪を重ねてしまう・・・。、君を愛しています。」

「私も、だよ。」



背中越しに聞こえた声はとても優しかった。そして切なかった。


夜明けとともに振り出した雪は、赤く染まった戦場を白く覆っていった。




「では、行きましょう。」





変わらなかった歴史を、私は変えることができたのだろうか。


武蔵坊弁慶という彼を、一人で死なせることは彼を愛してしまった私にはできなかった。



もしも願い事が叶うなら。


戦のない、平和で優しい世界で、私はまた彼と出逢いたい。






誰かの願いが叶うころ






020310
歴史臭い話を書こうと思ったらこんなのに。
弁慶とさんのその後はどうなったのでしょう。(考えてない)
なんだか連載で書けそうな勢いだ(笑